「せっかく育てた講師が、また辞めてしまった」
学習塾を経営されている方から、こういう声をよく耳にします。採用して、研修して、生徒との関係もできてきた頃に辞められる。そのたびに採用コストと時間をかけて、また一から始める。このサイクルに疲弊している塾長は少なくありません。
実は私自身、大学時代に2つの学習塾でアルバイトをしていたことがあります。1つ目は講師として、2つ目は運営側として。その経験から、講師が辞める理由は「熱意や教え方の問題」だけではないと、身をもって知っています。
「気づいたらシフトが入っていた」という現実
講師として働いていたとき、長期休暇前になると塾が休みの日に講習シフトの作成がありました。日程もギリギリに発表されるので、当然来れない講師の方もいました。来れない講師の分は勝手にシフトを組んでいました。確認も同意もなく、気づいたら予定が埋まっている。特に大学生のアルバイトだと「仕方ないか」と受け入れてしまうこともあります。
しかもそのシフト組みの作業は、授業時の賃金ではなく最低賃金分しか支払われませんでした。(当時は最低賃金が700円とかでしたね)
なんの知識もなかった大学生だった私はそういった事務作業でも授業時のバイト代が出るものだと思っていました。
朝夕の学校前でのビラ配りはなんと賃金はなし、完全にボランティアでした。
これは労働基準法の観点から見ると、かなりグレーな状態です。使用者の指示のもとで行う作業は、原則として労働時間として扱う必要があります。
研修がなく「見て覚えろ」の現場
もう一つ困ったのが、研修の薄さです。採用されたはいいものの、「どうやって授業をすればいいか」を具体的にほとんど教えてもらえない。先輩講師の授業を見る機会もなく、いきなり生徒の前に立つことになる。
当然、最初は手探りです。うまく教えられない。生徒の反応が薄い。自信をなくしていく。
そして気づいたことがありました。評価されるのは、教え方の質より「生徒や保護者からの人気」だったということです。見た目や「雑談がおもしろい」といった雰囲気で好かれる講師の方が授業コマを多く持てる。頑張っても報われない感覚は、じわじわとモチベーションを削いでいきます。
正社員はもっと大変そうだった
講師や運営スタッフとして働きながら、正社員の先生方を見ていました。
塾自体は夕方からの営業でも、本社とのやりとりや会議などで午前から出勤している。夜も深夜まで残るのは当たり前。長期講習期間中は、文字通り朝から晩まで。休みもほとんど取れていない様子でした。
「好きだからできる」「教育の仕事だから仕方ない」——そういう空気が、労務管理の問題を見えにくくしていたように思います。
運営側では保護者対応も経験しました。宿題を全然やってこないのに、「成績が下がったのは塾のせい」というクレームも珍しくない。スタッフへの精神的な負担も、決して小さくありませんでした。
教育業界が抱える、構造的な問題
こうした現場の課題に加えて、業界全体の構造的な問題もあります。
文部科学省のデータによると、18歳人口は2022年の約112万人から、2035年には約96万人、2040年には約82万人にまで減少すると推計されています。少子化が進む中で、学習塾業界は生徒の奪い合いという厳しい競争環境に置かれています。
その影響は現場で働く講師にも直撃しています。生徒数が読めないと、講師のシフトも安定しない。収入が不安定だから、生活のために別の仕事を探す。そういう構造が、離職の遠因になっています。
雇用形態の「曖昧さ」が、トラブルの温床になる
学習塾で特に多いのが、雇用形態の曖昧さです。
「アルバイト」として採用しているのに、実態は週5日フルタイムで働いている。「業務委託」として契約しているのに、シフトを管理して細かく指示を出している。こういったケースは、労働基準法や社会保険の観点から見ると、リスクのある状態です。
一定の条件を満たすアルバイト講師は社会保険への加入が必要ですが、「うちはアルバイトだから関係ない」と思っているケースが少なくありません。加入漏れが発覚すると、過去にさかのぼって保険料を納付しなければならないこともあります。
今すぐ整えられること
大がかりな改革は必要ありません。まずはこの3つから始めるだけで変わります。
労働時間の把握と管理 シフト以外の業務(ビラ配り・シフト組み・研修など)も含めて、実際の労働時間を記録する。繁忙期も含めて残業代の計算ルールを明確にする。
雇用形態の実態確認 アルバイト・業務委託の契約内容が実態に合っているかを確認する。社会保険の加入要件を満たしている講師がいないかをチェックする。
昇給・評価の基準を言語化する 「何ができれば給与が上がるか」を講師に伝える。人気や雰囲気ではなく、客観的なものさしで評価できる仕組みを作る。
「忙しくて手が回らない」という塾長へ
授業の準備、生徒対応、保護者とのやりとり、採用活動——塾長はただでさえやることが多い。労務の整備は、どうしても後回しになりがちです。
でも、採用コスト・育成コスト・離職によるダメージを考えると、早めに整えた方が長い目で見て楽になります。「うちの規模で社労士に頼んでいいのか」と思われる方も多いですが、小規模な塾こそ、早い段階でご相談いただく方がトラブルを防げます。
「一度話を聞いてほしい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
